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3.11 大地震

どうも、皆さん、ご無事でしょうか。

大変、ご無沙汰しています。久々の書き込みです。

私の方は、幸い怪我もせずに無事生きています。

今回の大地震は衝撃的な災害でした。

私は仕事中だったのですが、仕事を放り投げ、南町のビルの5階から避難するのが精一杯。

ユニーの跡地に避難をしていたのですが、その間も余震は続き、建物の壁が崩れるのを目の当たりにしたり.....。

その後、会社はすぐに解散となり、徒歩で自宅に戻りましたが、電気も水も止まっており、とりあえず散らかった部屋を薄暗い中で片付けるだけでした。幸い、ガラスとか食器が割れたりしていなかったので良かったです。いただきものの置き時計がぶっ壊れましたが....。

懐中電灯や電池式のラジオは置いていなかったので、カーラジオでIBSを聞くと、とにかくすごい災害であることはヒシヒシと伝わってきました。

どうにも出来ないので、買っておいたスナック菓子とペットボトルのお茶で空腹をごまかし、月明かりだけを頼りに真っ暗な部屋の中で布団にくるまっていました。消防車と救急車のサイレンが鳴り続く夜はとても長かったです。

なかなか牛久の実家に電話が繋がらなかったのですが、22時過ぎに電話が繋がり、両親の無事も確認でき、ちょっと安心することができました。

度重なる余震に震えながら、眠れぬ夜を過ごし、朝が来て太陽の光が目に入った時、ホッとしました。

翌日は会社に出て、片付けを行いました。しかし、その散らかり具合には驚きながら、机周りを片付けるだけで精一杯。午前中だけ作業をして、その後帰宅。午後は食料を少し調達し、水戸駅そばの状況を見に行ったり。歩きながら、被害の多さに何も言葉が出ませんでした。

幸い、翌日には電気が、その翌日には水が復旧し、どうにか生活が営めるようになりました。日曜日には食料と非常用の水もしっかり調達し、1週間働ける状態にすることができました。なにしろ一人暮らしなので、仕事しながら買い出しはとうてい無理なので.....。

でも、今回の地震では、普通の生活が如何に贅沢なものであるか、その贅沢を作り出すための仕組みを意識せず生きていたかを痛感しました。電気、水、そして温かい食べ物のありがたみが嫌と言うほど分かりました。

今回の災害は、これから私の価値観をどんどん変えていくような気がします。

まだ、避難所で生活されたり、断水で困っている方も茨城にはまだまだいらっしゃいます。そして、東北にも悲しみにうちひしがれている方が多くいらっしゃいます。1日でも早くすべての人が平穏な生活を送れるよう、祈っています。

必要以上に頑張れとはいいません。一歩一歩少しずつ復興に向けて共に歩み出しましょう。私も出来る限りの事に協力します。

では、余震が続き予断を許さない状況ですが、気をつけて生活を送りましょう。

(追伸)こんな時だからなのか、一人暮らしの不憫さを感じましたね。なんか結婚したくなりました。相手がいればの話ですが....。(笑)

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南町のミーモ裏の駐車場

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銀杏坂の歩道の段差

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川又書店前の歩道橋の足 

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エクセルの高速バス案内所前の陥没

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駅南の道路の亀裂

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駅南交番脇の地盤沈下

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水戸東照宮の大理石の鳥居

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